満州天理村「生琉里」の記憶: 天理教と七三一部隊
by 邱琡雯, 2018-07-09 00:53, 人氣(1692)
満州天理村「生琉里」の記憶: 天理教と七三一部隊 単行本 – 2018/2/25
内容
満州開拓の裏面史。宗教教団は、むしろ積極的に国策に協力することで布教と組織の拡大を図った…弾圧を受けながらも逞しく生き延び、満州に天理村を建設するに至った天理教団は731部隊にも協力していた!知られざる実態と驚くべき史実を元開拓団員の赤裸々な証言から明らかにする問題作。
著者について
フリーランス国際ジャーナリスト
アメリカ・ワシントン州出身
ヨーロッパ・オセアニア・日本に在住し、日系移民の歴史や捕虜問題をはじめ現代史に関する記事を多数発表。
近年は、アメリカにおける政治・外交についての記事を日米両国に寄稿。
著書に『消えた遺骨―フェザーストン捕虜収容所暴動事件の真実』(芙蓉書房出版、2005年)、共著に『漂流するトモダチ―アメリカの被ばく裁判』(朝日新聞出版、2018年)がある。
- 2018年2月25日Amazonで購入大好きだった祖母が生涯を通して貫いた信仰の「道」、それが天理教。
亡き祖母の心によりそいたくて、「天理教」という文字に惹かれ購入したのだ。
しかし、「天理教」と「七三一部隊」が同列に並んでいることに違和感があった。
旬のお野菜や果物が、神棚にお供えされ
居心地が良い静かな教会。
信仰されている方の穏やかで
素朴な優しい笑顔が思い出される。
一方、戦時下で人体実験を繰り返した、
狂気のエリート集団七三一部隊。
筆者とのインタビューで、信者だった人々は
深い闇に沈んでいた辛い悲しい真実を
自らの気持ちと向き合われていた。
思い出したくない、言葉にされるのも躊躇われた
尊厳が感じられない残虐な仕事、作業が続く。
読み進めるのが、時折辛くなった。
市井の善良な人々が生涯、悔やみ続けた日々。
取材から長い時間を経て書籍化されたと言う、この本と巡り合った
意義を考えてみた。
全共闘 オウム真理教 積極的に巻き込まれていった事件とは
全く違う世界。信者たちは選択肢がない中、その状況に置かれてしまった。
彼らの、日常生活に入り込んでいた731部隊。
満州国に描いた夢や希望が、
戦時下の渦に巻き込まれ、巨大で薄汚い野望に利用されてしまった。
信者は当時も変わらない善良な人ばかりだったはず・・・。
軍部、巨大宗教 権力がある者は、当時も今も、誰も責任を取ろうとしない。
事実を葬り、曖昧にし、時間が経って風化するのを待つ。
だが、著者は天理教を一方的に糾弾するのではなく、「配慮」しながら
戦後70年以上の時を経て、風化させてはならない歴史・事実を
丁寧に丁寧に書かれていると感じた。
不都合な事実は隠したいはずの天理教本部も
あらためて、国策に殉じざるをえなかったあの時代を思い起こしてほしい。
そして、二度と再びあのような悲惨な歴史が繰り返されないよう平和憲法の下に生きる
わたくしたちに、「おやさま」の思いにそった道標を示してほしい。
読み終えた後も、動悸が止まらなかった。11人のお客様がこれが役に立ったと考えています2018年5月16日Amazonで購入
明治新政府が軍拡・植民地政策のために、宗教をこんな形で利用していたとは・・・
明治の廃仏毀釈で、私の住む地の寺は焼打ちにあい、寺跡には当時の住職たちの墓石のみが数基残っている。
明治政府は天皇を神格化し、そのために神道を利用した。
あの時代、仏教もキリスト教も迫害に遭っていた。その程度の事しか知らなかった。
明治維新と明治時代は実は血塗られた歴史があった。
この本では、天理教団が、あの関東軍の協力者として、731部隊の実験の協力者として、利用されたいきさつが詳しく書かれている。
満州開拓団に応募した天理教団の人たちは、現地で関東軍から銃を持たされ、匪賊対策やソ連国境警備の民兵として利用された。
731部隊の建物建設や人体実験への協力、敗戦時の証拠隠滅作業や捕虜たちの虐殺などは、当時のその場にいた人でなければわからない話、これらが生き証人によって語られている。
天理教団の人たちはもちろん犠牲者であったが、同時に侵略者(日本軍)の手先でもあったのだ。
戦後半世紀以上たって証言するに至ったのは、あのような残虐な事を二度と起こしてはならないという後悔の気持ちから。
「自分たちの犠牲を口にする前に、侵略した人々への謝罪が先である」と。
宗教を信じる人々に最も重要なものは「良心」だと思った。
証言者が口を開いたのは、そうした良心の叫びがあったから。
時代に翻弄されたとはいえ、信仰の為に権力に協力するのは間違いだと、彼ら生き証人は伝えてくれている。
証言者の話に耳を傾ける事が、戦争のない時代に生まれた私たちにできる事。
この本はたくさんの人に読んでほしい。2018年5月24日Amazonで購入購読し一気に読ませていただいた。歴史的に謎の多い731部隊と天理教の関係や、天理教の満蒙開拓に焦点を当てたドキュメント。歴史を再検証する趣旨で、問題意識が高く評価できる。731部隊の検証ドキュメントしては、NHKスペシャルが貴重な生存者の証言を取材、放送番組が記憶に残る。本書では、満州の天理教の満蒙開拓団がどのような関係にあったか、当時の事実を記述、悲惨な歴史を改めて発掘、その真実を明るみにしている。その意味でとても重要で、後世に伝えるべき記録だ。
しかし、読後感として、天理教を戦争協力という点からだけ見ることに、何か釈然としないものが正直残った。日本が、総力戦に向かってゆく中で、あがないきれなかったこと、どうしようもない力に、どうしようもなく動かされてしまった側面にも、同時に視点を当てると、さらに深いドキュメンタリーになったように感じる。もし、自分がその立場におかれたら、どのような行動が取れたか?その困難には、どう抗したか、本を読みながら深く考えさせられた。歴史のいたずらで、何んらかの理由でそこにいる立場の人になっていたかもしれないと・・、この思いが込み上げてくる。とても重いテーマを含んでいる。
現代の日本の社会状況にもつながる、深い問題意識を突きつける良書である。2018年3月1日幼い頃 近所の天理教会から聞こえていた太鼓の音。
それが、天理教の「おつとめ」だと知ったのは大人になってからである。
天理教がどのような信仰であるのか、いかなるものかも知らない私であるが、そこに「生きる支え」を求めた多くの信仰心が集う場であることは想像できた。
戦争中、自分たちや他の人々が救われると信じた宗教が、「残酷」な形で惨い行動をとらざるを得なかった信心深い信者たちの「傷」を知り、彼らのやりきれない思いに胸が痛んだ。
アウシュビッツも広島・長崎も人の犯した過ちとして、もはや非難している時代ではない。世界の各地で戦闘が続いている今日、この本から聴こえてくる人々のうめき声が多くの人に届いてほしい。
「善」でしかないないはずの「信仰」が時代の闇で利用され、その痛みを吐露せずにはいられなかった証言者たちの思いが痛々しい。
この本がそうであるように、現実を凝視し、目を逸らすことなく、諦めず声を挙げ続けるしかない。無意識のうちに伝わるものは多くあるが、知らしめて伝える事は育児に似て日々の積み重ねなしには伝わらない。吐気さえ覚えながら読んだこの本から、私には確かに、それが聴こえた。
何時の時代にも「宗教」は政治に翻弄され、今なお翻弄されていることを私たちは知っている。「一宗教」のあるいは「一部隊」のことではなく、危うい時代の真っただ中でわたしは聞く耳、そして見る目を持ち続けたい。
昨年末、太平洋戦争で「捕虜」となり、無事に帰還した父が逝った。
「生きて捕虜の辱めを受けず」
その呪縛の中で、戦友たちの遺骨を戦地に残し帰国した「贖罪」の人生だった。
過去を語らずとも逝くことができたはずの人々が、人生の最期につらく過酷な体験を語り伝えてくれたことに、またそれを著した作者の勇気に感謝したい。
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