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ミャンマーの女性修行者ティーラシン―出家と在家のはざまを生きる人々
by 邱琡雯, 2018-05-21 11:08, 人氣(1306)

ミャンマーの女性修行者ティーラシン―出家と在家のはざまを生きる人々 (ブックレット アジアを学ぼう) 

  • 単行本: 62ページ
  • 出版社: 風響社 (2010/11/10)
  • ISBN-10: 4894897490
  • ISBN-13: 978-4894897496
  • 発売日: 2010/11/10

比丘尼(びくに、女性出家)への道が断たれた上座仏教において、剃髪し厳しい修行に励むティーラシンたち。聖俗の境界に生きる彼女たちの労苦と矜持とは。

現代のミャンマーには、尼僧のようだけれども、いわゆる比丘尼(女性の出家者)ではない、「ティーラシン」という女性修行者がいます。ミャンマー全土に、4万人を超えるティーラシンと、約3000ヶ所の尼僧院が存在するらしいです。そのティーラシンの日々の暮らしと、彼女たちの修行生活をとりまく社会的な制度について、現地調査にもとづきコンパクトに論じたのが本書です。

ティーラシンは、剃髪して、戒律をちゃんと護り、瞑想やパーリ語経典の学習を、ものすごく熱心に行っています。日本の「出家者」とは大違いだといってよいでしょう。にもかかわらず、比丘尼として自律することはできず、男性僧侶に付き従いながら、「熱心な在家信徒」の立場に置かれ続けています。

彼女たちが、なぜ比丘尼になれないのかといえば、スリランカや東南アジアの上座部仏教の社会で、比丘尼のサンガが解体されてしまったという、歴史的な経緯があります。正式な授戒を行えるサンガが存在しない以上、尼僧として修行生活していても、仏教社会では比丘尼としては認められないわけです。そのため現在、上座部仏教の正式な僧侶は、全員が男性ということになります(東アジアの大乗仏教の場合は違いますが)。

こうしたなか、出家の世界における男女平等を目指す、比丘尼サンガの復興運動が、国際的にわき起こってきました。1980年代半ば頃から、現在に至るまで、上座部仏教の伝統を継ぐアジアの各地で行われています。西洋的なフェミニズムの影響が強いこのグローバルな運動ですが、おおむね各国の社会の保守的なサンガの抵抗にあい、あまり順調には進んでません。

そして、本書の知見として何より重要なのは、この問題の当事者に最も近いはずのティーラシンもまた、比丘尼サンガの復興運動に対し、否定的であるということです。というのも、彼女たちはこれまで、男性僧侶のサンガとの緊密な関係を結びつつ、在家信徒からの喜捨(布施)によって、生計を成り立たせてきたからです。比丘尼サンガを自立させることは、この暮らしの構造を脅かしかねない。ゆえに、復興運動に対する女性修行者たちからの反発も大きいわけです。

ということで、彼女たちはイヤイヤ「熱心な在家信徒」の立場に甘んじているのではなく、積極的に出家と在家のはざまを生きているのです。そこには、女性仏教者として確かなプライドを見て取ることができますが、一方で、仏教界に存在する古臭い男女差別を、うまく撤廃することの困難さも感じさせられます。

本書が検討しているのは、あくまでもミャンマーのケースですが、日本の仏教の現状について反省するのにも、きっと役に立つはずです。

サンガ(saṃgha

  • 僧伽あるいは仏教の出家修行者(比丘比丘尼)により形成される組織。全世界のすべての比丘比丘尼が理念上所属する「四方サンガ」と、個々の比丘・比丘尼たちが実際に所属している個別の「現前サンガ」とがある。漢訳仏典では、saṃghaを音写した「僧伽(そうぎゃ)」あるいはその省略形として「僧(そう)」という表記を使用。現代の学術用語としては「サンガ」のほか、「僧団」という訳語が使用されている。


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